
公開日 2015/12/12 130分
井上ひさし原作・黒木和雄監督の名作『父と暮せば』と対をなす作品として、井上ひさしが企画していたという作品を山田洋次が監督。
『父と暮せば』で描かれるのはヒロシマの父と娘。父の幽霊。それに対して『母と暮せば』はナガサキの母と息子。息子の幽霊。
『父と...』は生きているのが娘だけに、未来へ向かって生かそうとする父親に対して、『母と...』は息子を失くした母の喪失感と、母を迎えにきた息子の話。
お迎えと言い切ってしまうのは、そうでなければ話の辻褄が合わない。
息子は恋人の幸福や結婚を本当に願っているといいながら、自ら言うべきなのに、母に言わせたり。
母親の前には姿を現せるのに、恋人だけには「会うのが辛いので姿を現せない」と言ったり。つまりこれらは方便で、死期の近いものにしか会えないということなのだろう。
亡くなった兄が現れた状況とはまったく異なることもその表現だろうし、死者が別れを言いに来る(枕元に立つ)のは兄の場合のように、死者の寂しく切ない心残りゆえなのだろう。
死後3年を要したのは、死期が近づいたから"消えて"しまった息子が現れたのであって、3年で母親の気持ちの整理がついたからという訳でもないだろう。
また、自分の恋人の結婚は願いつつも、母親に好意を寄せるおじさんは否定し、その再婚も否定するマザコンぶりも実は、母親の死期が迫っているからと推測するほかない。
『父と暮せば』の娘を覆っているのは、戦争の被害者意識ではなく、生き残ってしまった者の「申し訳ない」という罪の意識。
それは本作では息子の恋人が引き継いでいる。
本作の息子の設定には幾つかの難点がある。
吉永小百合の母親役はもう相当にキビシい。
20歳そこそこ若者の母親役。
それに死に瀕するにはふっくらし過ぎている。
『父と暮せば』の宮沢りえのやつれ具合とは対照的だ。
助産婦という命を取り上げる職業があまり効果的に描かれていないのが残念だ。
また、憲兵に捕らわれた息子を取り戻す勝気な性格描写も薄い。
二宮和也の息子役については、敢えて舞台劇のような芝居掛かった台詞回しはともかく、マザコン的な雰囲気と台詞の多いボンボン役が個人的に魅力を感じなかった。
黒木華はコンスタントな上手さ。
何をやっても、らしい演技をする女優さんだ。
加藤健一がコミカルに、バイタリティーに溢れ、図太いながらも、ちょっと純なところもある戦後の時代を生き抜く闇屋を演じて存在感が抜群。『男はつらいよ』の主人公的なこの男は山田洋二の得意とする男だろう。
賛否の分かれるラストは、おそらく原爆で亡くなったと思われる数多の大合唱の中をナガサキの平和公園の像のもとへと昇天していくという壮大なシーン。
一瞬『プレイス・イン・ザ・ハート』のラストが頭をよぎったが、そのような“神の国ではみな同じ“的なものではなかった。
ここまでキリスト教的にしなくても、光の中に消えていくシーンで十分だったのではと思う。
オープニングは素晴らしい。予め投下されることが分かっている原爆だが、いつ、どのタイミングで落とされるのかという緊迫感。
原爆の表現として、教室の机の上のインク壷が光の中で一瞬にして溶けていく映像は凄かった。
全般的に泣けもしたし、良かったのだが、『父と暮せば』に軍配は上がる。
原題 母と暮せば
製作国 日本
製作 「母と暮せば」製作委員会
配給 松竹 Syochiku
監督 山田洋次 Yamada Yoji
企画 井上麻矢 Inoue Maya
製作 榎望 Enoki Nozomu
脚本 山田洋次 Yamada Youji
脚本 平松恵美子 Hiramatsu Emiko
撮影 近森眞史 Chikamori Shinji
美術 出川三男 Degawa Mitsuo
編集 石井巌 Ishii Iwao
音楽 坂本龍一 Sakamoto Ryuichi
出演 吉永小百合 Yoshinaga Sayuri
出演 二宮和也 Ninomiya Kazunari
出演 ルシンダ・ジェニー Lucinda Jenney
出演 浅野忠信 Asano Tadanobu
出演 加藤健一 Kato Kenichi
出演 広岡由里子 Hirooka Yuriko
出演 本田望結 Honda Miyu
出演 小林稔侍 Kobayashi Nenji
出演 辻萬長 Tsuji Kazunaga
出演 橋爪功 Hashizume Isao